第三話 中神木材 中井章太さん

吉野なひと 50人

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第三話 中神木材の中井章太さん
〜熱血な人代表〜

中井さんは中神木材の2代目で、山守りさんで、山行きさんです。 章太と書いて「あきもと」と読みます。

ちなみに吉野では、山林の仕事をする人を「山行き(やまいき)」、山林保有者からまかされて、山の管理をする人を「山守り(やまもり)といいます。




山仕事というと大柄な人を想像しますが、中井さんは中肉中背、敏捷でエネルギッシュ、ともかく良く動きます。養命酒やサプリメントでは滋養強壮されなくなった私には、羨ましい限りです。

中井さんと話をしていると、この人はつくづく山が、木が好きなのだな〜と感じるのです。山の仕事をしている方の中には、仕事と割り切っている人も多く、中井さんのように山の良さや大切さを語り続ける方はそんなに多くはありません。

町会議員さんになってからは、東奔西走の大活躍なのですが、その根底には、吉野の山を良くしたい、吉野林業の良さを知ってもらいたいという思いが感じられます。

以前「いい木とはどんな木ですか?」という私の質問に、ある山行きさんが「高く売れる木や」と一言。
同じ質問を中井さんにすると、延々吉野の木の話を聞かせてくれると思います。




中井さんはとても世話好きで、面倒見が良いので、兄貴のように慕われています。
独特の緩急入り交じった話し方で、「よっしゃ、よっしゃ」と今日もどこかでいろいろなことを引き受けて、そして「ちょっと飲みに行こか」と出かけているような気がします。

中井さんからのメッセージ

吉野町西谷で生まれ育ち44年の月日が経ちました。
大学卒業後、5年半のサラリーマン生活を経て28歳で家業である林業を継承しました。

今思うと5年半のサラリーマン生活が、自分の人生にとって吉野で林業をして暮らす「覚悟」という強い信念を植え付けてくれたような気がしております。

幼い頃から身近に林業という職業を見てきた私にとって、辛くて危険な仕事であるイメージが強かった分、肉体的にも小柄な私が、林業という仕事ができるのかという不安があったからです。







帰ってからの数年間はさすがに肉体的にも辛かったです。そして夏山に出現するスズメバチやマムシなども怖かった。今でも怖いですが・・・(笑)

ただ、もっとスケールの大きな怖さを感じる出来事が平成10年の台風被害でした。何代にもわたり守り育ててきた山の立木が、一瞬にして倒れるあの光景は、今でも忘れることができません。

自然の計り知れない力と怖さを感じるとともに、人間の無力さを感じた出来事でもありました。
台風被害にあった山の倒木処理作業において、命の尊さを肌で感じる危険な場面も経験させていただきました。

私にとって林業は生き方を導いてくれた人生哲学のようなものです。さらに付け加えるとすれば、吉野特有の山守業だから林業を続けているのかもしれません。

吉野林業にとって山守とは何か、今の自分が果たさなければならない山守とは何か、これからも追求していきたいと思います。 次世代に継承するために!

先人が築いてくれた吉野林業の恩恵を受けながら今日まで歩んでこれたわけですが、これからは新たな歴史を自分たちの手で創り上げていかなければならない時代だと感じております。





私は吉野の地で、林業を通して色々な人と出会い、まちづくり活動もさせていただきました。その中で感じたことは、暮らしを豊かにする林業の仕組みを構築しない限り、ふるさとの創造はないという事です。
そういった意味においても、多業種にわたる若い個性豊かな人材がいる吉野に大きな可能性を感じています。「吉野なひと50人」第一話、第二話に登場された大西秀明君、南達人君は、まさに可能性を感じる私の同志であります。
「町の力は人の力であり、人の活力が町の活力になる」そんな可能性を秘めた多くの若者がいる吉野の未来に期待してください。
そして人を求めて吉野にお越しください。

山の中に吉野の発信、交流する夢の拠点もつくりたいと考えております。
人間力豊かな町を創造することが私の夢でもあります。




ここは中井さんの夢を実現する場所の一つ。
後の山には千本の桜の苗木が植わっています。

そんな意味で人にスポットをあてた吉野スタイルの企画である「吉野なひと50人」は、今しかないタイミングでスタートされたのではないかと感じております。

このような素晴らしい企画をしていただきました磯崎さん、山本さんに心から感謝いたします。これから登場される吉野の人も楽しみにしております。

 

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