見聞遊学の旅-楠木親子の太平記⑥ 如意輪寺

吉野山を歩く

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「見聞遊学の旅楠木親子の太平記」最後は吉野に戻ります。

正平2年(1347)12月27日四条畷の決戦に向う前に、吉野の皇居に後村上天皇に拝謁し、天皇より「正行よ、汝がたよりである。若し戦不利ならば必ず戻るよう」とのお言葉をいただきましたが、心中再び帰らぬことを決して、そのまま皇居を出で、如意輪寺に向かいます。如意輪寺に着いた正行は先帝後醍醐天皇陵に参拝し、如意輪堂に詣で、各々髪を切って佛前に奉納し、過去帳に姓名を書き連ね、正行は堂の扉に鏃で、「かえらじと かねておもへば梓弓 なき数に入る 名をぞとどむる」と辞世の歌を書き残し、その日吉野山を出陣し、四條畷へ家来143名を連れ向かいました。ここ如意輪寺には「楠木正行公辞世の扉」が現存しています。又正行公及び百四十三人が出陣に先立ち如意輪堂に奉納した髻塚は、御陵へ行く階段左にあります。南朝及び大楠公・小楠公ゆかりの地である千早赤坂村・島本町・神戸・四条畷と旅してきた一行のゴールはやはり吉野です。

 

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