•楠木親子の太平記⑤ 四条畷神社 正行墓標

スマイルバスで行く吉野

  • 四条畷神社3「見聞遊学の旅-楠木親子の太平記」2日目は、四条畷からです。1336年(建武3年)、楠木正成が湊川の戦いで敗死してから、楠木氏は暫くの間鳴りを潜めていました。櫻井で別れた息子の正行が成長すると、本拠地である河内国南部で次第に力を蓄え、摂津国南部の住吉・天王寺周辺までゲリラ的に足利方を脅かすまでになりました。しかし、1348年1月に高師直を大将とする大軍を編成して河内に派遣します。楠木正行も往生院に本陣を置き、両軍は四条畷で対峙することになります。しかし楠木軍は足利軍の圧倒的な兵力の前に敗れ、正行は弟の正時と刺し違え自決します。勢いに乗った高師直は、南朝の本拠吉野に攻め入り陥落させ、後村上天皇はじめ南朝は賀名生に逃れます。この神社は四條畷の合戦で足利軍との戦いに敗れた楠木正行とその一族の将士24人を祀る神社です。又JR四条畷駅近くには楠木正行公の御墓所があります。当日は時間の都合でどちらかをご案内します。

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