吉野の民話7 「義経と弁慶」 伝承地:吉野町吉野山

吉野山を歩く

隠れ塔

平安時代の終わりごろ、源氏と平家が戦いました。戦いに勝ったのは源氏でした。ところが、兄である源頼朝は、今度は弟の源義経を滅ぼそうとしました。義経は頼朝から逃げ、山深い吉野の地に逃げ延びました。

義経は吉水神社に隠れましたが、追手が迫り、更に南の金峯神社から少し下った所にある塔に身を隠しました。暫らく塔に隠れていたのですが、とうとう敵に見つかってしまいました。義経は当の二階に上り、当の扉を蹴破って屋根越しに外へ逃げ、辛うじて助かったのです。

それ以来、その塔は、義経が隠れた塔ということで「隠れ塔」とも、義経が扉を破って逃げたので「蹴破りの塔」とも呼ばれるようになりました。また逃げ延びた義経は、外からは見つかりにくい谷に隠れました。今でも吉野町菜摘の人びとは、義経が隠れた谷を「隠れ谷」と

言っています。

さらに義経は、喜佐谷に逃げた時、小川にかかる橋の上で休みました。義経はついうとうとと、うたた寝をしてしまいました。それ以来、その橋を「うたた寝橋」と呼ぶようになりました。「うたた寝橋」は屋根付きの珍しい橋だったのですが、今はもう残っていません。

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