白州正子「かくれ里」

吉野を訪れた文人

白州正子さんの「かくれ里」から吉野の記述です。かくれ里の初出は1970年でした。

・・・(略)・・・秋の吉野山は閑散としていた。車も通らなければ、人影もない。またたく中に下の千本をすぎ、蔵王堂を右に見て、桜本坊へ着く。

・・・(略)・・・通された座敷も、そういう部屋の一つで、桜紅葉のはるかかなたに、龍門岳が望める。やがて現れた住職を見て、私はびっくりした。

・・・(略)・・・ お名前を巽良乗さんといい、お話もきさくでおもしろい。私は何を調べに来たわけでもないので、漠然と大峰修業について伺ってみると、「女性にはまことに申し訳ないですが、この山は女人禁制になっておりまして・・・」と気の毒そうにいわれる。私もそのことは知っていたが、実は大賛成なのである。たまにはそういう所があっても良い。どこもかしこも男女同権では興ざめだし、女はつけ上がり、男は弱虫になる。現に私が乗って来た車の運転手は、丹波の人だが、一度は大峰参りをしないと、お嫁さんの来手もないそうで、十七歳の時に先達に導かれて登山した。これは一種の成人式に相当するもので、若者たちは、苦行を経ることによって、自信をつけ、一人前の男として、はじめて大人の仲間入りが出来るのである。・・・。 桜本坊 スマイルバス停は上千本口です。

写真は1970年まで吉野にあった女人結界の石碑です。

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