阪本仙次顕彰会⑤ 美吉野陸上競技場

吉野中央部 上市周辺

大正15年に吉野川中州に作った「美吉野陸上競技場」の事は、ここで何度も紹介しました。ここでは国内有数の陸上競技場は、設備のインフラは勿論のこと、その運営ソフトにも力を入れたことを紹介します。阪本仙次はこの運用には、パリオリンピックに短距離で出場し、日本人で最初に11秒の壁を破った谷三三五(岡山県)を向かい入れました。岡山県の地方雑誌『岡山人じゃが』によると、「1926年(大正15年)5月、奈良県吉野郡上市町(現・吉野町)の吉野川中州に複合運動施設『美吉野運動競技場』が完成していた。谷は、同競技場を建設した阪本仙次吉野鉄道社長の要請を受けて、満州から引き上げ、指導者・管理者として吉野鉄道入りし同競技場を担当することになる。(略)1929年(昭和4年)、大阪電気軌道(後の近鉄)と合併したため、谷も近鉄所属となっている」。谷は上市で住み、ここ美吉野運動競技場を管理し、人見絹江ら多くのアスリートを育てました。

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