吉野の万葉⑦ 柿本人麻呂

吉野万葉の歌碑を歩く 吉野中西部 中荘・国栖方面

最期にご案内するのが、旧中荘小学校門前にある柿本人麻呂の歌碑です。人麻呂は三十六歌仙の一人で、 万葉集最大の歌人とも評価されています。更に宮廷歌人として持統天皇の行幸に同行し、宮滝の景色や宮殿を褒めています。ここに描かれている歌は「天皇がお治めになる国はたくさんあるが、山や川の美しい河内と心を寄せられる吉野の国の、花が散る秋津の野辺に、宮柱を太くお建てになって宮殿を営まれると、大宮人たちは船を並べて朝の川を渡り、船を競って夕べの川を渡る。この川の流れのように途絶えることなく、この山のように高く立派にお治めになる。水流激しい滝のほとりの宮居は、いくら見ても見飽きないことだ」と詠んでいます。それに対しての反歌も刻まれています。この歌はこの時代の吉野川が大河だった事、又吉野離宮が壮大だったことも知ることが出来る記録でもあります。見聞悠学の旅「倉橋みどりさんと行く吉野万葉の道」は、今年7月3日の予定です。

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