「十六夜に吉野の物語を聴く会」吉野葛② 上市

吉野中央部 上市周辺

『吉野葛』では上市の町をこのように描いています。「奈良を立ったのが早かったので、我々は午少し過ぎに上市の町へ這入った。街道に並ぶ人家の様子は、あの橋の上から想像した通り、いかにも素朴で古風である。ところどころ、川べりの方の家並みが欠けて方側町になっているけれど、大部分は水の眺めを塞いで、黒い煤けた格子造りの、天井裏のような低い二階のある家が両側に詰まっている。歩きながら薄暗い格子の奥を覗いてみると、田舎家にはお定まりの、裏口まで土間が通っていて、その土間の入口に、屋号や姓名を白く染め抜いた紺の暖簾を吊っているのが多い。どこの家でも障子の紙が皆新しい。今貼りかえたばかりのような汚れ目のないのが貼ってあって、ちょっとした小さな破れ目も花弁型の紙で丹念に塞いである。これが澄み切った秋の空気の中に、冷え冷えと白い。一つは埃が立たないので、こんな清潔なのでもあろうが、一つはガラス障子を使わない結果、紙に対して都会人より神経質なのであろうが、東京あたりの家のように、外側にもう一と重ガラス戸があればよいけれど、そうでなかったら、紙が汚れて暗かったり、穴から風が吹き込んだりしては、捨てておけない訳である。とにかくその障子の色のすがすがしさは、軒並みの格子や建具の煤ぼけたのを、貧しいながら身だしなみのよい美女のように、清楚で品よく見せている。私はその紙の上に照っている日の色を眺めると、さすがに秋だなという感を深くした。」

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