上市の由来

吉野中央部 上市周辺

し違った角度で紹介したいと思います。まずは上市です。上市がの名が文献上に現れる最も古いものは、天文五年(1536)の『石山本願寺日記』に「大和吉野の上市下市」と記されています。元々千股の人々の中から、木材を扱う人々が吉野川の中州へ進出することから始まったとされます。その後対岸の飯貝に蓮如上人が真宗の御坊:本善寺を建設され、この本善寺を中心に門前寺町が形成され、中州に木材を中心に周辺の農山村からも物資が集まり、市が形成されるようになります。一方下市でも願行寺を中心に門前町から市場町が形成されることになり、吉野の2つの市場町で、川上にあったので「上市」。川下に位置することから「下市」と呼ばれるようになります。上市は延宝二年(1674)の大洪水で中州の市場町は姿を消し、今の北岸に拠点を移します。その結果、。本善寺とのつながりが弱くなり、折からの伊勢街道の整備とともに、街道沿いの町へと転換しました。中州にあった上市の図は浜田賢司さんの「悠久の流れの中で」中から引用させて戴きました。

 

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