吉野山に吹いた廃仏毀釈の嵐

スマイルバスで行く吉野 吉野山を歩く

今年は明治維新150年になります。日本は明治を迎え近代化の道を進み始めます。そして明治政府が最初に行ったのが神仏分離令。内山節先生によると、神と仏を分けよという命令を出した。これは徹底的におこなわれ、その時発生したのが廃仏毀釈いう仏教寺院に対する攻撃でした。吉野山にもこの嵐が吹き荒れ、多くの寺院が取り壊されました。寺院から神社となり残った吉水院。現在ある寺院はその後復活を認められ復活したものですが、多くの寺院はなくなってしまいます。スマイルバスで行くディープな吉野9月は、この廃仏毀釈でなくなったの痕跡を辿るディープな内容です。古地図を手掛かりに探します。この石垣は南之坊の跡地です。次の写真は古い寺院の跡に建てられた「吉野医院」の跡です。昔吉野山には2つの病院があったそうです。今見えない当時の風景を想像しながら歩いて戴きます。

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