200年目の竜門騒動

吉野中央部 上市周辺

昨年はスマイルバスツアーで「竜門騒動」のポイントとなる場所をご案内しました。そして今年が竜門騒動が起きてちょうど200年となります。こんなのどかな吉野で農民一揆があったなんて、今では信じられませんが、本当に止むにやまれぬ厳しい環境がこの吉野にあった事が窺い知れます。そして昨日この竜門騒動研究の第一人者であり、元天理大学教授:谷山正道先生による調査報告会がありました。昨年夏、竜門騒動の中心的役割を果たした西谷区のお寺から、200年の時を越えて古文書が発見され、その調査の中間報告としての講演会でした。

中坊氏の知行は、他の天領地に比べて年貢は多く実に65%の年貢率。

しかも8割が米納で銀納(お金)だったそうで、お米の品質も高いものが求められ、農家は他産地のよい米を買ってまで収め、銀納の評価も更に高いものになったそうです。そんな厳しい要求に自己破綻する農家も多く、次第に農家の数も農民の数を減少していきました。そんな最中の文化12年(1815)に、龍門郷が大洪水に見舞われます。農民たちは減免を何度も要請しますが、江戸から来た浜島氏ら代官は聞き耳を持ちませんでした。このような出来事が伏線にあって、3年後の一揆につながります。負の歴史も吉野の大事な歴史です。200年目の今年、正確な過去の事実が発見される可能性があるかもしれません。

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