吉野の民話3「キツツキを寺っ子と呼ぶわけ」伝承地:吉野山

スマイルバスで行く吉野

吉野の山ではキツネのことを「寺っ子」と呼んでいます。「寺っ子」というには、お寺の子という意味です。どうして、そう呼ばれるようになったのか、こんな話が伝えられています。

今から千五百年ほど前の事。外国から仏教の教えが伝わってきました。仏様を信じるかどうかを巡って、物部氏と蘇我氏が戦争をしました。戦いは、仏様を尊敬する蘇我氏が勝ち、物部氏が滅ぼされてしまいました。戦いに勝った蘇我氏は、それからどんどんと勢力を伸ばしました。

仏様を厚く信じていた聖徳太子は、戦争のとき蘇我氏の味方になって戦いました。後に聖徳太子は、蘇我氏をひきいていた蘇我馬子の娘を妻にしました。聖徳太子は、仏教の教えを広めるために、斑鳩の法隆寺などのお寺を建てました。

物部氏との戦争が終わった後、聖徳太子は大阪の四天王寺を建てました。大阪は今でこそ大都会ですが、その頃は寺だけがぽつんと建つ、寂しい所でした。それで寺には、キツツキがいっぱいやってきました。それで寺には、キツツネはお寺の柱をつついて沢山の穴を開けました。

人々はキツツキが柱をつつく音が、「物部滅ぼした、物部滅ぼした、物部氏の魂が来ている。殺したね、殺したね、寺つつき、寺つつき。」

というように聞こえました。それから、キツツネは「寺っ子」と呼ばれるようになりました。

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