グランド・貯木・太陽光

吉野中央部 上市周辺

連合会の土場の風景です。太陽光パネルを置く台のように思われます。ここの風景は時代と共に変わります。以前は中の島だったこの地を、大正末期に吉野鉄道の社長となった坂本仙次が数十万円をかけて運動競技場として整備。本格的野球場や2面のテニスコートの他、相撲場、サッカー・バスケットボール・バレーボールコート、400mトラックのあるスタジアムという一大複合スポーツ施設の風景がありました。しかし戦前から今のような市場として使われ始め、昭和34年の伊勢湾台風後には今のような原木市場に生まれ変わりました。そして今新たな太陽光発電基地になろうとしています。この地は元々グラウンドのあった地として、別名グランドとして呼ばれていました。今ではその地名を知る人も少なくなりました。

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