吉野にある能の故地を歩く⑧  「楠露」

スマイルバスで行く吉野 吉野万葉の歌碑を歩く 吉野山を歩く

如意輪寺は御醍醐天皇の陵だけでなく、数多くの歴史を見てきた寺でも有名です。太平記で後醍醐天皇の忠臣として有名な楠正成ですが、この正成の息子・楠正行が如意輪寺に非常に関わりがあります。

 楠正成は窮地に至った御醍醐天皇に戦略を進言しますが、聞き入れてもらえず、ついに正成は死を覚悟し、少ない手勢で足利軍との戦場・湊川に赴く事になります。その途中、桜井の駅(今の大阪島本町)にさしかかった時、正成は息子・正行を呼び寄せ、「お前は生き残って、いつか朝敵を倒せ」と遺言し、親子が別れたのが所謂「桜井の別れ」です。そしてこのシーンをモチーフにしたのが、能「楠露」です。

 如意輪寺には、後に成人した楠正行が一族郎党143人を引き連れ、四条畷の戦いの前に寺を訪れ、後醍醐天皇の陵に詣で、又寺の扉に時世の歌を書き記したとされます。如意輪寺にはその扉が残されています。  

「かゑらじとかねておもへば梓弓 なきかずに入名をぞとどむる」

スマイルバス停は如意輪寺です(但しこの路線は平日のみです)

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