そうだ貯木へ行こう②

吉野中央部 上市周辺 近鉄吉野線百周年ゆかりの地

貯木場の建設は、吉野の大きな念願でありました。

筏輸送には、様々な費用やデメリットが生じました。

洪水による流出・川流しによる原木の損耗そして何よりも

吉野川の底を浚って、土砂などを取り除くことが必要でした。

又鼻筏(筏の先頭)は損耗があるとして、ただ同然で扱われました。

貯木場を持つことで、コストの削減、吉野が販売のイニシアティブを

握る事になります。更に木材の付加価値を加え雇用の拡大に加え、

和歌山からの隷属的支配から離れ、精神的な独立を勝ち得た事が

なにより画期的なことでした。

写真は昭和17年に建てられた吉野貯木場の記念碑です。

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