渡辺淳一「うたかた」②

吉野を訪れた文人

渡辺淳一「うたかた」の続きで、二人の会話です。

・・・ほぼ白色から淡紅色、そしてやや濃い色と、何層にも重なりあった桜が、谷渓から山肌をかけ上って山頂まで広がっている。

「全部で何本あるのでしょう」

「上・中・下・各々千本というが、奥の院も含めると、数万本はあるかもしれない」

「よく、こんな山奥にある桜を探し当てたものですね」

「吉野の桜が有名になり、歌にも詠まれるようになったのは、新古今のころらしい。もともと桜の木は神木として崇められていたので、いろいろなところから献木もあったのだろう」

山峡を吹きぬけてくる微風が、妙子の髪を軽くなぶっていく。

「山桜は、遠くから見た方が引き立つのですね」

「一本一本は地味だから、まとまったほうが映えてくる」

「これだけあっても、みんあ慎ましやかで優しいわ」

 たしかに染井吉野は華やかすぎて、そこだけ浮き立った感じがするが、山桜はみな咲き誇っても自然に馴染んで、静かに山懐に抱かれている。

「連れて来てもらって、よかったわ」・・・。

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