職人への招待 樽丸製造 樽丸職人の見習いを募集しています

製造

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吉野スタイルの山本です。私は、東吉野の山奥に11年間住んだことがあります。
当初は大阪へ遠距離通勤していたのですが、さすがに疲れが出て、1年半ほどで大阪の仕事を止め、少しブラブラとしていました。そうすると近所の方が仕事を紹介してくれるのです。簡単なものから複雑なものまで。都会にはない仕事もいっぱいありました。

アルバイトはたくさんあります。ちょっと来て欲しいと声がかかることが多く、私はこの時にいろいろな手伝いをして、仕事というものを学びました。田舎に仕事はないと思っている皆さん、田舎には面白い仕事がけっこうあるのですよ。

それに田舎は、過疎で労働者不足の地域でもあるのです。吉野スタイルでは、吉野で求人されている事業さんを徐々に紹介していこと思っています。

リアルな吉野の情報は吉野スタイルから。皆さんお楽しみに!!

吉野スタイル 山本茂伸






 樽丸職人の見習いを募集しています。

事業所名 樽丸くりやま

所在地 奈良県吉野郡吉野町橋屋298-3

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吉野川から見た樽丸くりやま



職人とは、身につけた熟練した技術によって、手作業で物を作り出すことを職業とする人のことで、自分の技能によって物を作ることを職業とする人のことをいいます。

職人は作家とは違い、自分を表現するのではなくて、お客様の喜ぶ製品を高度なレベルで作る人のことだと私は思っています。私、自身は職人に憧れながらも、職人に成れなかった一人で忸怩たる思いを抱きながらこの文章を書いています。職人とは、やはり才能がいる仕事で、才能が努力したとき初めて立派な職人が生れます。

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樽丸の原料 吉野杉



ただ職人は、器用な人が多いと思われますが、以外と不器用な人が多く、器用でない分、一つのことに修練して、必要な技術を身につけることが多いと言われています。もし職人に必要な素養があるとすれば、柔軟で素直な気質と探求心だと思います。自分は不器用だからと職人への道を諦めた人は、考え直して下さい。器用、不器用よりも、その仕事を好きになれるかどうかが一番必要なことなのですから。

かつて日本は物作り大国だと言われてきました。一見派手やかに見えるエレクトロニクスや車、ロケットの世界でも、その根底を支えているのは、職人と呼ばれる人の技術です。あるいは、職人気質という言葉で語られる職人の魂です。この職人と呼ばれる人たちが高齢化や後継者不足などの理由で、その技術を伝承することなく、その舞台を去ってきます。そして一人の職人が消えると、それに付随して多くの職人の技が消えていくのです。なぜなら、職人の技を支えているのも、また職人が作る道具だからです。腕の良い職人ほど、腕の良い職人が作った道具を使っています。だから職人の使う道具は皆美しいのです。

道具への思いが伝わる

道具への思いが伝わる



職人という響きに憧れる人、木を触るのが好きな人、地方に住んで職人の道を歩んでみたいと思っている方、樽丸職人は如何でしょうか。ただ職人への道は厳しくて、最初は給料も安いのですが。

今回ご紹介する「樽丸くりやま」の大口さんも親方、栗山さんから技術を伝承された方です。

栗山さんは吉野スタイル 「今日のヨシノさん」にも登場して頂きました。
第十話 樽丸製造 大口孝次さん

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樽丸の乾燥風景 吉野川が見える



今回紹介する樽丸とは、樽に用いる材料のことを言います。吉野には、昔から樽丸作りの伝統があります。吉野杉が酒を貯蔵・運搬するのに最適な素材であったことから、吉野で樽のための材料が作られました。この樽丸が全国の酒所に運ばれ、そこで製樽職人によって樽に組み立てられました。

樽丸も樽になるための大切な素材を製作する業種で、完成品を組み立てることはありません。ある意味裏方ですが、この裏方がいないと樽が姿を消してしまうというとても大切な裏方です。

今回、「樽丸くりやま」の大口さんにお話をお伺いしました。

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視察・見学のお客様が多い



大口さんの仕事に関しては、吉野スタイル今日の吉野さん「樽丸職人 大口孝次さん」をご覧下さい。「樽丸くりやま」は、吉野の材木や林業の視察に来られる方が多い事業者です。

吉野スタイル「樽丸の仕事を始めたきっかけは?」
大口さん「もともと何をしたいということはなかったのですが、たまたま遊んでいたときに、栗山さん(親方)の奥さんからバイトせえへんか、手伝いにけえへんかといわれたのが始まりです。最初はこれをしたいというのはなくて、仕事を探すつなぎみたいな感じでしていました。僕が20歳で、そのころくりやまさんは50歳くらい、10歳くらい上の職人さんと、その一回り上の70歳くらいの職人さんがいてました。」

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原木をみかんのように割る「大割り」



吉野スタイル「最初はどんなことをしていたのですか?」
大口さん「最初は雑用で、職人さん二人が作業をしているので、材料の手配、大割り(原木をみかんのように割ること)、木を積んだり、奥さんが耳裁ちしていたので、それを干すという作業、箸屋さんのコア(割箸の素材になる部分、吉野では割箸は端材を利用して作られます)の皮むきなどをしてました。」

吉野スタイル「たくさんの作業をしていましたね。」
大口さん「今は全部一人でしていますが、あの頃はもっと忙しくて、大割りしていると、削る作業(「セン」と呼ばれる削り包丁で、子割りされた板を削りあげること)をしている職人さんの材料がなくなるのでそれを積みに行く、柴が出来るから柴を積みに行かなければならないとか今思えば、その何年間かは自分としてはものすごく動いていたと思います。」

板を削る道具「セン」

板を削る道具「セン」



吉野スタイル「その下積みのような作業はどのくらい続いたのですか」
大口さん「3年とかですが、そればっかりしていたということも無いように思います。手が空いたときや夕方片付けが終わった後などに、夕方職人さんの作業を見ていたりしていました。」

吉野スタイル「本腰入れて樽丸で生計を立てようと思ったのはいつ頃ですか」
大口さん「結婚するのが早かったので、アルバイトから何とか食べる、生活していく仕事というように変っていきました。アルバイトという感覚から次は生活のための仕事という中で、気がつけばこの仕事にはまっていたような感じでした。」

「センかけ」

「センかけ」



「センかけ」



吉野スタイル「樽丸というお仕事にどのようにはまっていきましたか。」
大口さん「最初は大割りとか雑用が多くて楽では無かったですよね。栗山さん(親方)自身も、いてくれたら助かると思ったのか『何か嫌な仕事はないか?』と聞いてくれたことがあったんです。それが嫌ややったら外してもいいよという感じでした。奥さんは隣の子がアルバイトに来ている感じで思っていたのかもしれませんが、栗山さん(親方)はいてくれたら楽やなと思ってくれたのかもしれません。」
大口さん「確かに体力はいったと思います。どのくらいから割る、削るというメインの仕事についたのかは覚えていませんが、割るにしても、削るにしても座る仕事なので、まずお尻が痛いというのが一番の難点でした。」

センかけ」した板を「耳裁ち」をして側面を整える

センかけ」した板を「耳裁ち」をして側面を整える



吉野スタイル「雑用からメインの仕事に変っていきましたね。最初セン掛け(「セン」と呼ばれる道具で、小割りした板を削りあげること)という仕事は何が難しかったのですか。」
大口さん「最初職人が片手間に刃物を研いでいてくれて削るのですが、最初は切れるのですが、だんだんと切れなくなりますね。皮むきもセンで削るのですが、これが一番最初に刃物になれるための作業です。刃物が切れなくなった時が自分の思うようにならないですね。」

吉野スタイル「小割り(大割りした材料をさらに小さく割ること)というのも難しいですか」
大口さん「難しいですね。最初なかなか合わないです。一日割っても、今の三分の一もできないです。最初は厚みが揃わないので、定規を使うのですが、この定規を当てること自体がままならない。刃物を固定するのも、材料を固定するのも難しいです。職人さんを見ていると簡単にやっているように見えるのですが、実際自分ですると思うようにならないです。しかし、この作業に何年とかかったかというと、そうでないような気もするのですが、」

「小割り」小割りた板を「センかけ」する

「小割り」小割りした板を「センかけ」する



 

吉野スタイル「大口さんは、連合会の原木市で原木を買われていますね。」
大口さん「原木を買い付けるときは、木一本に関して損得を考えるのではなくて、一山で利益が出ているかどうかを考えます。木は割ってみないと分らないので、トータルで採算が取れればいいと思っています。」

吉野スタイル「これは栗山さん(親方)のスタイルですか」
大口さん「僕は栗山さん(親方)のやりかたが染みついているので、仕事の時間的なものにしても、8時から5時までというのではなくて、日が昇ってから日が落ちるまでという感覚です。同業者の方に『そんな長い間働いて、サラリーマンの方が上やないか』と言われるのですが、僕としてはサラリーマンと比較するとかという概念というか考え方はないんです。」

樽丸になるための「原木」

樽丸になるための「原木」



 

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静かで涼しい作業場



吉野スタイル「どのような人に来てもらいたいですか」
大口さん「給金についても、最低の時から始まって、できれば増やしていく、最初にそこの生活出来る分をもらうと、延びしろがない、というか、伸びるスピードも遅くなるという感じがします。お金を出せば働いてくれる人は来ると思うのですが、果たしてその人が、採算の取れる人になる、会社としてもありがたい人になってくれるかというと、ちょっと難しいと思います。」
大口さん「それで今から人を探すにしても、まず最低限のところから始まって、それでもこのような仕事をやりたいと思ってくれる人を探したいなと思っています。それが今の時代に合っているかというと、たぶん合わなくて、なかなか人もそう簡単には来てくれないと思うのですが、」

吉野スタイル「酒造メーカーさんからの信頼はとても篤いですね。」
大口さん「酒造メーカーさんにも言わせて頂いたのですが、こんなに早く、他の樽丸業者さんよりもたくさんの樽丸を納品することになるとは思っていませんでした。酒造メーカーさんに僕が一言『もう出来ないんです』と言えない状況になるとは思ってもいなかったのです。そこが自分でもこうなるものではなかったというジレンマがあるのですが、状況がこうなってしまったので、ある程度量も作るにはどうするのかを考えて、必要最低限のこと以外はしないようになりました。」

吉野スタイル「同業者の方の中でも、早い、手際が良いという話をお聞きしますが」
大口さん「自分の仕事を見てもらうほどのことはない、当たり前のことを当たり前にしているだけなのですが、余所の仕事を見ると違いを感じることがあります。」

吉野スタイル「大口さんはほとんど手作業ですが、機械化はされないのですか」
大口さん「樽屋さんも機械でした『板丸』というのを一通りやってはみているんですが、結局、手作業に変えたんですね、機械で作った樽丸は漏れやすいとか、目が切れやすいとか、結局木というのは曲がっていたりしますから」

作業をしている姿も、立ち姿も美しい

作業をしている姿も、立ち姿も美しい



 

この後私たちは、もう1時間ほど、吉野杉がいかに酒樽に向いているかというお話、秋田の樽丸屋さんが吉野まで木を買い付けに来る話、樽発祥の話など、吉野や樽にまつわる興味深いお話をお聞きすることが出来ました。
求人の話とは違うので、ここでは割愛させて頂きますが、いずれも大口さんの樽丸への思いのこもった楽しい、ためになるお話でした。

私は大口さんの職場を訪れることが好きで、ものすごく難しいことを、簡単にやってのける大口さんの技に見とれてついつい長居をして迷惑をかけてしまいます。
インタビューでは厳しい言葉も多いのですが、それも樽丸の技術を伝承したいという熱い思いから出たものだと感じました。

大口さんの職場には県内外からの見学者も多く、吉野の樽丸製作技術を持つ数少ない技術者の一人で、この技術は国の重要無形民俗文化財に指定されています。この技術が途絶えることは、吉野や酒文化にとって大きな痛手になります。

この文章を読まれて、よしやってやろう!という方、樽丸職人に興味のある方がいらっしゃれば、一度吉野スタイルまでご連絡下さい。

メールアドレス:j2brand@kcn.jp

 

事業所名  樽丸くりやま

代表    大口孝次

所在地   奈良県吉野郡吉野町丹治橋屋298-3

業種    樽丸製造

勤務時間  8時から17時

休日          土、日

給料    3ヶ月間は見習い期間です。

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