大津皇子の物語

吉野中西部 中荘・国栖方面

吉野宮ジオラマ

見聞悠学の旅2021では、大津皇子を取り上げたいと思っています。

天武天皇8(679)年、天武天皇は皇后の鵜野讃良と6人の皇子とともに吉野宮へ行幸します。吉野宮の庭で、天皇・皇后・皇子は「私達には10人余りの皇子がいて、皆母親は異なるけれども、天皇の勅にしたがってお互い助け合おう」と誓い合ったのです。この時、天武天皇が詠んだとされる「よき人の・・・」の歌が、今も多くの吉野人の心に伝わっています。

この中に大津皇子がいました。古代では親子や兄弟同士が戦を起こすことがままありました。後に大津皇子は謀反の疑いをかけられ、「吉野の盟約」からわずか7年で自殺に追いやられます。このツアー(物語)は吉野宮のある宮滝から始まります。

« »