洗磯﨑神社

スマイルバスで行く吉野

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『竹内文書』と同じく『東日流外三郡誌』も超古代を綴る文献の一つです。ここには初代神武天皇が東征し、生駒から大和に入ろうとした時、長髄彦に阻まれ神武天皇は苦戦しますが、この長髄彦とは神武軍により殺害される大和国に先住した土豪。しかし『東日流(つがる)外三郡誌』によると、長髄彦は大和から逃れ日本海側を伝って津軽に到着し、アラハバキ王国を打ち立てたとあります。その子孫が安倍氏で後に安東氏と名乗ります。安東氏は津軽半島北西部にあった十三湊を拠点として、巨大な勢力「安東水軍」を率い、国際貿易で栄えます。南北朝時代の大津波によって十三湊は海の底に沈んだとされます。長い間幻の港とされていましたが、平成の調査によってその存在が発見されました。そしてその近くには洗磯﨑(あらいそざき)神社があります。安倍・安東氏が荒吐神をまつり、崇拝したといわれている古い神社です。うちの先祖と何かの関りを感じてここまで来ました。昨日無事帰宅しました。

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