日本のプログレッシブロックバンド 「四人囃子」

スマイルバスで行く吉野

四人囃子

60年代後半から70年代前半にかけてのブリティッシュロックの影響は、当然日本にも波及します。当時高校生だった森園勝敏は、

18歳の若さでピンク・フロイドの大曲”Echoes”を完璧に演奏できるとして有名でした。その彼が74年に四人囃子というバンドから『一触即発』を発表します。ピンク・フロイドや、サイケデリックロック「ドアーズ」風の曲で、シュールな詩は、当時のマニアの間で評判でした。また日本でも本格的なプログレバンドの存在に驚かされた記憶があります。その後森園勝敏は、プリズムというバンドで、京都のライブハウスの草分け的な「拾得」に出演しました。当時の京都には丸太町の「拾得」、四条通から富小路を下がった所にある「磔磔」が有名でした。両方とも酒蔵を改装した場所で京都ならではのハコで、大学時代よく通いました。京都は古い物と新しいモノは同居していた無国籍魅力の町でした。

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