日本のハードロックバンド「紫」

スマイルバスで行く吉野

紫

70年代、日本で最初のハードロックバンドは、沖縄の「紫」でした。紫は「ディープ・パープル」のパープルを意識した名前です。

沖縄が日本に返還されたのは72年です。それまでの沖縄はアメリカの施政下にあり、今でも嘉手納飛行場キャンプ・ハンセンなど多く基地があります。当時の米軍基地周辺では、彼らを客とする歓楽街が今より賑わっていました。米兵向けのクラブにはロック、ソウルを生演奏するため、アマチュアまたはセミプロのバンドが数多く出演していました。その中にジョージ紫がいました。

当時の沖縄はアメリカそのものだったので、耳の越えた米兵の客の前で演奏するので、演奏技術は次第に本格的なものになっていきます。バンド名をハードロックバンド「紫」としてデビュー。そしてファーストアルバム『MURASAKI』を出します。北谷の「りんけんバンド」や、国際通りの「ネーネーズ」のライブは聞いた事はありますが、沖縄にはまだアメリカ施政下の文化が残ります。今度は70年代が残るそんなディープな沖縄を訪れてみたい。

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