貯木が出来て80年② 水中貯木場

吉野中央部 上市周辺

取水口 貯木 12吉野貯木で一番最初に行ったのが貯木場建設です。当初は吉野川の中州が上市サイドよりも対岸の飯貝サイドの方が川幅があったので、こちらに材木橋を設け可動堰機能も持たせました。ここで水量に応じて南側の水路(運河)に水を誘導し、原木を流しまずは今の吉野材センター付近にあった第一のすいちゅう貯木場へ、そして第二、第三の水中貯木場へと原木を貯めていきます。しかし原木の輸送も吉野川の筏からトラック輸送が主流となり、次第に水中場が役割を終え陸上の貯木場のみとなっていきます。子供の頃このため池(水中貯木場)で遊び、南海か池にはまった記憶があります。この池を埋め立てる土は大淀桧垣本の吉野平の住宅開発の際に出る土砂で埋め立てたという事を聞いた覚えがあります。今でも吉野材センターから製材組合の建物を眺めると、当時のため池の石垣がわかります。

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