木曽路④ 宮ノ越宿

スマイルバスで行く吉野

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宮ノ越宿は中山道36番目の宿場。宮ノ越宿の宿内家数は137軒、うち本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠21軒で宿内人口は585人だったといいます。ここには入口に義仲・巴御前の銅像がある義仲館があります。木曽義仲は子供の頃この地で育ち、後に平家との戦いで圧勝しその勢いで入洛します。しかし、誰よりも先に平家討伐の功労者でありながら義仲は平家からも頼朝からも敵とみなされ、さらに後白河法皇からも疎まれ、31歳の若さでこの世を去る義仲。こんな不器用で真っすぐな性格の義仲はこの地で育ちました。義仲は大津の義仲で葬られていますが、その墓の隣にあるのが芭蕉の墓です。芭蕉は大阪で終焉を迎えましたが、自らの墓を義仲の隣にしてくれと遺言し、その日のうちに弟子たちが大津まで運んだとそうです。芭蕉は義仲の墓の前で「木曾の情雪や生えぬく春の草」と詠んだそうです。話は宮ノ越宿

から離れましたが、木曽義仲と芭蕉の思わぬ関係を知ることが出来ました。

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